ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

今までの人生を振り返りつつ 私の生き方を綴るブログです。

1億の家から1間生活へと
私の幸せの基準



姑は年金を接骨院の若い医師に貢いでいた





blogmuraカテゴリー 60歳代 女性シニア

帰宅後のブログです。

仕事に行くとき台風の影響で、
雨が降っていましたが、
おばさんは元気にチャリで通勤しました、
もちろん帰りはずぶ濡れ覚悟ですが・・・

でも?予想していたよりも雨は少なく、
風も言うほど吹いてなくて台風らしくはなく、
ただの雨模様と言う風味で帰宅。

10-15-2.jpg
これからなんですね





今日はアルツハイマーとか認知症のお話


最初に旦那様の母親を引き取った時
私はまだ30歳半ば頃

旦那の、歳の離れた姉達二人が、
旦那の父親の遺産相続裁判を、
起こす勢いでしたので
仕方がなく、
長年放置していた遺産分配の為に
本家を売った後、
行き場をなくした
旦那の母親を引き取りました
その頃は賃貸マンションでした。

引き取ったときにはすでに、
おばあさんと言う風味では有ったけど
まだ言うほどの歳ではなく、
認知症気味に成るなんて
思いもしなかったかな。

家を建てるべき土地を確保して、
家を建てるまでは、
マンションで4人暮らし。

その後家を建てて引っ越してからも数年は、
元気に毎日何処かに出かけてました

それに
接骨院のお迎えも有ったりしたので
接骨院だけは欠かさなかったようでしたし

その頃は
姑は家に居ない方が多かったので、
私は喜んで居たのです。

でも、それが結果的には
とんでもないことに成ってたり、

流石に認知症だけは
突然やってはきません
すこしすこし、やってきますが

物忘れなんかが多々あるのは普通だったし、
そんなのは、年寄りの普通の出来事だし、
気にも留めるようなことでは無いのですが。

バナナの事が解らなくなった、
あの日から、
なんか変だなとは思ってたけど
年寄りはそんな物だとしか
思ってなかったかな。

引っ越して3年~4年ほど経った頃

失禁が多くなり
そのたびに救急車を呼びと、
日常と少し違った出来事が起こり始め
痴呆症の兆しがあったから検査をしたら
当時はまだ軽いアルツハイマーとのことで、
見た目も様子も、普通でした。


でも、ある異変に気が付きます。
旦那の母親は、
年金が結構ありましたが
お金への執着が大きかったので
金銭に頑なだったし関わるのが面倒で
自由にさせていましたけど、
様子が変だなとは
思ったことも有りますね。

あとでわかったことなのですが、
毎日通ってる接骨院の医師に、
毎日小遣いをあげたり
もって居るお金でプレゼントしたり
変なことが多々行われていたようです。

アルツハイマーと診断された後
しばらくしてから
やっとのことで
預金残高を見て驚きました。


多分300万円以上は、
接骨院の若い医師に
貢いでいるらしいと解りました
いえそれ以上かもしれません

旦那の母親は
3種の年金を取得していました、

今となっては何だったか解らないけど
亡くなった旦那の父親の
戦争関連の遺族年金と、
おなじくその厚生遺族年金関連と、
国民年金、と言う風な3種とか
そんな感じだったように思うのですが
毎月15万円以上はあったはずなのに。

毎月数回に分けて全額引き出してあり、
全額どこかに消えていましたし、
銀行からも借入金が有り
毎月の返済記録が残っておりました。

そう、

接骨院の医師に(当時で50歳ぐらいです)
貢いで居た様ですね。


同居の再、その辺を徹底的に把握して、
押さえておくべきだったのか

今の歳の54歳の私なら、
多分そうしていたと思いますが

医師の方も、おかしいと気がつき、
家族に報告してくるべきじゃないのかとも
思えたりしたけど
事実確認は何一つできず


その件を知る事に成ってからでは
遅いわけで

もうその時点では
どうしようもありません。

該当の記事は見つかりませんでした。

 

ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

あうん 阿吽
阿(あ)は口を開いて最初に出す音
吽(うん)は口を閉じて出す最後の音

そこから、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされたり
対となる物を表す用語としても使用されたり
色々な使われ方をしてそうです。

すべての事柄には始まりが有り
終りが来るという意味合いの様です。

阿吽(あうん)の語源の元はインドのようで、
”宇宙”と壮大な表記をしている様だけど
私は、”あうん”を、ただの始まりと終わり
という意味合いで使うことにしてみました。

人の一生も阿吽