ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

今までの人生を振り返りつつ 私の生き方を綴るブログです。

1億の家から1間生活へと
私の幸せの基準



もう誰かのために 自分を犠牲にして生きる事は・・・二度としたくない。





blogmuraカテゴリー 60歳代 女性シニア

帰宅後のブログです。

台風のせいで蒸し暑いのに、
鍋の材料を買ってあったので
強制的に鍋

鍋


さてと、ブログタイトルの半分部分。


私の幸せの基準


前にも書いたけども、

今さ、自分どうよ?

「この上ない天国」

即答で、そう答えられる自分が居る。



普通の人なら、一人ぽっちは寂しいと思うはず、
普通の人なら、こんな一間で貧乏暮らし耐えられない?

そうかもしれない?




でも、強がりじゃないけど、

今は、全く寂しくは無い。


むしろ、

自由を得た魚のように、
活き活きとしてそう。



一間8畳強しかないけど、
狭すぎるだろ?と思う?

いや、掃除の手間は省けるし、

何処でも数歩なので楽すぎ。






最高の自由


やりたい事をやりたい時にやれて、

自分が稼いだお金は自分のためだけに使えて、

眠くなれば、好きな時間に寝れる。

遊びたければ、夜中でも遊んでいられる。

ネットゲームも、時間があれば好きなだけできる。

自分が好きな時に好きな回数だけお風呂も可能、

半身浴で1時間とゆっくりしても文句は言われない。

多少の物音にも、気を使うことも無い・・・

何を何時しても、全くの自由・・・最高の自由。

誰も何も文句を言う人もいない、最高の空間。

自分が、好きな食事だけを作れて、好きなだけ食べられる。

何を買おうにも、誰にも相談する必要は無い。

失敗した買い物をしても、誰にも文句は言われない。

しんどい時、多少掃除や家事の手抜きをしても怒られない。



本当に心から思うことは、


この、最高の自由を楽しんでいたい。

誰にも、この自由を邪魔されたくは無い。

誰にも、この生活を脅かして欲しくは無い。

誰にも、この生活に関わって欲しくは無い。





そして



もう・・・誰の面倒も見たくは無い、

もう・・・面倒な事を持ち込まれたくは無い、




私をそっとしておいて欲しい、

それが一生でも構わない。



私は孤独に死んでいっても全然構わない。

老いて、孤独死になったとしても、

今のこの生活のままだったのなら、

きっと私は、微笑んで死ぬのだと、

今はそう思う。




もう誰かのために

自分を犠牲にして生きる事は、

二度としたくない。

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ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

あうん 阿吽
阿(あ)は口を開いて最初に出す音
吽(うん)は口を閉じて出す最後の音

そこから、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされたり
対となる物を表す用語としても使用されたり
色々な使われ方をしてそうです。

すべての事柄には始まりが有り
終りが来るという意味合いの様です。

阿吽(あうん)の語源の元はインドのようで、
”宇宙”と壮大な表記をしている様だけど
私は、”あうん”を、ただの始まりと終わり
という意味合いで使うことにしてみました。

人の一生も阿吽