ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

今までの人生を振り返りつつ 私の生き方を綴るブログです。

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ただ・・・ 異様にプライドだけは高かった。





blogmuraカテゴリー 60歳代 女性シニア


帰宅後のブログです。
あまり寝ていないので、
今日のお仕事はつらかったかも。

でも今は
「誰かのために無理をする」のではなく、
自分が生きるために無理をしてるので、
仕事もそれなりに楽しむことにしています。



では カテゴリーここの続き。



旦那は本当に素敵で頼もしく、
いつも本当に頼れる人だった、
亭主関白を絵に描いた様な人で、
圧倒的な雰囲気だった。
背も高くがっしりとした体育会系風で、
神経質な部分など微塵も無く、
いつも自信に満ち溢れた顔つきだった。


まわりの誰も、


旦那が精神を病むなどと
思えなかったし、信じられなかった。





ただ・・・

異様にプライドだけは高かった。


そのプライドの高さがネックに成ったのかも。

最初に、15年も勤めた会社を退職してしまった時も、
だぶん、旦那は有る程度自分がおかしいと思ったはずだ。
だけどきっと、それをひた隠して、
自分で何とかしようとしたに違いないと思う。

そして一年半後に、何とか自力で立ち直ったかに見えたが、
その後の就職先で、無理をしすぎたのだろうと思える。

凄く張り詰めた糸が一本有ったんだと思う、


でもその糸は、
所々がちぎれそうに成っていたのだと思う。



そして・・・その後。

その糸は、一気に無残にも

ぶち切れてしまったのだと思う。




私は何故、
気が付いてあげられなかったんだろうか。


旦那は、
もう耐えられなくなって病院に行ったが、
そこでの対応があまりに酷かったので、

精神科不信に陥り、
さらに、病状を悪化させて、
家に引きこもるようになった。

もっと専門的な大きな病院に行こうと、
何度も何度も・・・本当に何度も何度も・・・
毎日のように、旦那に言ったが。
無駄だった・・・


その間の長い長い間、
毎日が本当につらかった・・・

痴呆の旦那の母親と、
精神が壊れ始めた旦那と、
多感な年頃の息子と、

簡単に書けそうに無い毎日でした。


通院への説得は、本人が不安定になる為、
絶えず出来なくなり、
機嫌が良さそうな時に
話す程度になって行ったが、


春に成り、さらに悪化していく症状、

幻聴は毎日、毎時間となっていた、

そして、幻覚まで現れ始めた時。




旦那は、大きな専門的な病院へ、
行く事をやっと了承してくれた。

もう、5月になっていた。


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ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

あうん 阿吽
阿(あ)は口を開いて最初に出す音
吽(うん)は口を閉じて出す最後の音

そこから、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされたり
対となる物を表す用語としても使用されたり
色々な使われ方をしてそうです。

すべての事柄には始まりが有り
終りが来るという意味合いの様です。

阿吽(あうん)の語源の元はインドのようで、
”宇宙”と壮大な表記をしている様だけど
私は、”あうん”を、ただの始まりと終わり
という意味合いで使うことにしてみました。

人の一生も阿吽