ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

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★【 最大の苦悩 3】 その1 精神治療 拘束具





blogmuraカテゴリー 60歳代 女性シニア

最大の苦悩 3

最大の苦悩1
最大の苦悩2


精神科専門の大型病院は、
広大な敷地の中に位置していて、
庭園もあり、木々や花壇が設置され、
全体的にすばらしく明るい雰囲気があり、

とてもじゃないけど、どうみても、
精神科の病院とは
思えない雰囲気が漂う空間だった。

どこの空間も閉鎖感がなく、
図書のコーナーや、
カラオケルームなども設置されていた。

普通の病院の場合は
もちろんそんなものは無いだろう。

喫煙室もしかりで、
普通の総合病院的なところは、
今はもうどこも
喫煙室などというものは取り払われて、
敷地内のどこもかしこも
禁煙という看板が置かれるようになったが、

精神科病院に限っては、
それが無いのだと知った。

各階に喫煙ルームがあり、
それはとても優雅な空間になっていたし、
庭園でも普通に
各所に灰皿(水の張ったもの)がおかれ、
どこでも自由に喫煙をする事が可能だった、

精神治療において、
喫煙というものは、省けないものなのだろうか、
内科的な病気と違って肉体の病ではない場合は、
精神の病の場合は、
禁煙を強いると、よくないのかも知れない。


病院内でも、
精神治療レベルに応じて、
そのシステムもいろいろと変わっていた、

最初に旦那様が入院した場所は、
徹底的に管理された棟という感じだった。
(その後の入院では変わるのだけど)


最初に入院した場所は、
2重に鍵のかかった病棟です。

前に書いたように、厳しい規則がたくさん有った。
すべての持ち物に大きな規制があり、
普通の入院セットなどは
持ち込めない品がたくさんあった。
持ち物は毎回、面会の際に総チェックが行われる

入院直後は特に、
興奮状態になりやすい人も多いために、
特に厳しい棟に入院という運びになるそうだけど、
その厳しさは結構すごいものがあったけど、
それを即効で私は理解することには成った。

ひも状のものとか、
割れ物関連は一切持ち込めなかったが、
バスタオルや、普通のタオル等は持ち込めた。
実はそこにすらも、穴があったのだったんだよな。

一旦入院させて、
翌日再び病院に訪れた私は、
色々な書類にサインと捺印後に、
やっと面会が可能になって、


流れ的には通常なら、まずは本人が面会室に来て、
そこで会うというものだったはずなんだが。
入院翌日に訪れたとき、
旦那様は、それができない状態になっていた。

何故か病室に直に案内された。
本人が、
病室から出ることが
できない状態になっていたからです。

そして病室に案内されて見た光景は、
誰もがイメージできるような
光景だったに違いないと思う。

旦那様は一時的に拘束具によって
身動きが取れない状態に置かれていた。

入院直後の夜に、持込を許可されたタオルで
自殺を匂わせるような行為にいたったらしく、
そのタオルで自分の首を絞める行為を行い、
意識が朦朧となっていたという・・・

その後、興奮状態になり、暴れたらしく、
拘束具は、仕方が無い対応だったと説明があった。

その後完全に拘束され、
深夜~私が行くまでの間のいずれかに、
何らかの精神安定点滴投薬が行われていた模様で、

私が到着したときは、
普通に普通の状態だったと思うのですよね。

そうして、私はそのままの状態で数時間、
そばに居て、旦那様といろいろと話し、
本人が落ち着いてきたのを見て、
医師が拘束具を当日にはずすことを決定したので、
そんなに酷い状態ではなかったはず(と思うのです)

入院という環境の変化は、
時にやはり、環境の急激な変化や不安な思いからか、
人の心にいろいろな影響を与えるようで、
医師は一時的な最初だけのものだと思うと
説明してくれましたが、そのとおりでした・・・

でも、旦那様が病院生活になじめるまでは、
私はその日から、毎日数時間をかけて、
病院まで赴くことになりました。

片道2時間半以上かかりましたが、
それまでは、いい方法を知らなかったので
そこまで行くのに時間がかかっていましたが、
実は、病院から専用の定期送迎パスが出ていて、
それを使えば、2時間ほどに短縮できました。
それでも往復で4時間の道のりですので、
毎日の病院通いはそれなりには大変だったけど、
しばらくは毎日通いました・・・

旦那様は、家に居る時は部屋にこもって、
普通の話すらも、
まともには、してくれませんでしたけどね・・・

病院では結構良く話してくれました、
私と居る場合は庭園に出ることを許可されるので、
庭園に出て、一緒にタバコを吸いながら・・・
病院内の、いろいろな話を毎日、聞いてあげてた。

でもやっぱまだ、
たくさんの妄想話とか、多数の幻覚とかね、
混ざっていますからね。

どこまでが真実の話で、
どこからが妄想の話なのか、幻覚の話なのか、
わからなかったけども、

ああ、こうやってゆっくりと聞いてあげる事は
家ではできなかったなと・・・
ちょっと嬉しくは成ったりもしましたね。

そして、2週間ほど毎日通った後に、
「もう毎日来なくていいよ君も大変だろ?」と、言われた頃に、

医師が、本人が病院にも慣れて落ち着いた頃なので、
新薬の投与を始めますと言った。

それをはじめると、いろいろと大変だそうなので、
医師のほうから、
面会を控えてほしいという説明もあった。

ああ、これから本格的な
治療をはじめるんだなと、思った。

それは、実は本当に大変だった
本人がね。

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ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

あうん 阿吽
阿(あ)は口を開いて最初に出す音
吽(うん)は口を閉じて出す最後の音

そこから、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされたり
対となる物を表す用語としても使用されたり
色々な使われ方をしてそうです。

すべての事柄には始まりが有り
終りが来るという意味合いの様です。

阿吽(あうん)の語源の元はインドのようで、
”宇宙”と壮大な表記をしている様だけど
私は、”あうん”を、ただの始まりと終わり
という意味合いで使うことにしてみました。

人の一生も阿吽