ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

今までの人生を振り返りつつ 私の生き方を綴るブログです。

1億の家から1間生活へと
私の幸せの基準



今 私は思うのです。 「おまえらは どうせ ろくな死にかたは出来ない」





blogmuraカテゴリー 60歳代 女性シニア


仕事前のブログです。

今日はここの、続き風になるかな。

私はそれまでの人生で、
遺産相続で、もめるお話など、
ドラマの中のお話だけかと
思っていましたよ。




人間の欲は、


遠慮不要の血縁関係だと
激しくなるのかも?



特にその血縁関係がうまく行っていない場合は、
本当に血も涙も無い対応が出来るのだなと思いました。

酷い事も平気で
言ってしまえるのでしょう。




旦那の父親が亡くなったのは1989年
旦那には、歳が少しはなれた姉が二人居ました。
旦那の父親が亡くなって本当にすぐに、
姉達から
遺産相続しろと言われた


旦那の姉二人は、
実の母親が住んでる家を早く売って、
遺産相続をしろと度々・・・



最初は旦那にいえなかったようで、
姉二人は
私に言ってきていました。



私は子供がまだ小さくて、
その子供は、まだ歩き出して間もない頃で、
もちろんその頃も仕事は辞めませんでしたので、
家で仕事しつつ、子供の面倒も見てと、
楽しく頑張っている頃でしたが。


姉二人は、早くあの母親を引き取って、
家を売って遺産分配して欲しいと・・・

私に言ってきていたのですよ。


自分達さえよければ、
周りの人間も親もどうでも良い?!


「私に言われても困るので」と、
何度も何度も言いましたが、
電話は頻繁に頻繁に・・・かかってきていました。

金欲しさに
必死だったようです。



ドラマの様な短縮したあんなの比じゃないですよ、
嫌がらせに近いそれは、

1989年から、数年続くのです。


旦那は「あほか!おふくろはどうするんだ」と激怒する。

旦那の母親は当時はまだ若いし、元気だったし、
「家を売りたくない、此処で住んでいたい」と言うし、

私達は遺産はどうでもいいし、
まだ結婚して間もないし放置してました。


旦那の姉二人は、実の親に対しても、
早く売ってしまえと
毎日の様に電話していたようです。



ドラマのようなこんなお話、

日常的にそこらにゴロゴロしてるかもしれないなと思えた。

人の嫌な部分を
見てしまった思いがしました。



その後遺産を分割して、
旦那の母親を引き取りましたが。


あれ以来、
旦那の姉二人は実の親と絶縁し縁を切り。

全くの音信不通です。


旦那の姉二人は・・・
実の母親が、
2009年9月に他界した事も知りません。



最後の最後まで看取った私が、
知らせるのを断固として拒否しました。


あの鬼達は、
今頃どんな思いで
どんな生活をしているのでしょう?



今 私は思うのです。

「おまえらは どうせ 
ろくな死にかたは出来ない」




私は、酷く苦労させられた旦那の母親でしたが。
本当に永い永い付き合いでした。

人としての情がこんなにも沸くのに。

血縁者の人達がこんなにも酷い関係



人間って・・・本当に・・・わからない。

書いていて少し涙が出てしまいました、

ではお仕事行ってきます。

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ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

あうん 阿吽
阿(あ)は口を開いて最初に出す音
吽(うん)は口を閉じて出す最後の音

そこから、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされたり
対となる物を表す用語としても使用されたり
色々な使われ方をしてそうです。

すべての事柄には始まりが有り
終りが来るという意味合いの様です。

阿吽(あうん)の語源の元はインドのようで、
”宇宙”と壮大な表記をしている様だけど
私は、”あうん”を、ただの始まりと終わり
という意味合いで使うことにしてみました。

人の一生も阿吽