ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

今までの人生を振り返りつつ 私の生き方を綴るブログです。

1億の家から1間生活へと
私の幸せの基準



★酷い話だと突っ込む人も居るかも知れないけど…





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春の気圧の変動に
なかなか身体が付いて来ない私だけど

5月の新緑の季節を迎えたら
みずみずしい新緑が生み出す酸素で
更年期で乱れた自律神経が
ちょっとは安定してくれそうなので楽しみです。

って事でそろそろ最後の桜です。

八重桜のふりるを楽しむ 5

ちなみに4月16日(金)の朝はこんな感じでしたが
その後に天候が少し荒れてエンド。

桜の花は、1年に1度だけの楽しみであり
開花の期間がとても短くて 
その儚さがとても魅力的

寒い冬を乗り越えてすぐの桜の花ってのは
人の心に明るい気持ちを運んでくれるという意味も含めて
たくさんの人に、めちゃくちゃ愛されてるそうです。

確かに
毎年、桜の花を待ち望む私・・・( *´ ︶ `* )

ちなみの 一昨日の全体像はこんな感じ 八重桜

先の見えない年を迎えて、
いつのまにか暖かい春が来て
まもなく初夏を迎え ・・・ と 

私はいつまで
元主人の面倒をみなくてはならないのか。

医者に1年は無理かもと言われた時は
なんとか生き延びて欲しいと願ったのは間違いないけど

期待できそうにないそれに対して
そう思う自分の気持ちに
酔っていたのかもという部分は間違いなくあって

その1年がまもなく訪れる
今の私の気持ちとしては・・・
正直な気持ちを書けば、かなり複雑なのです。

1年しか生きられないのなら、
何とか気合で頑張ってあげようと思って
望む事は全て何でもやってあげましたけど、

1年ほど経ってみれば、
そんな風に頑張って来た私は、
本物と偽物が入り乱れるカプグラ症候群*の対象者なわけで、
*元主人の精神疾患の症状です)



あの人から見れば
私という人間は3人いると言うことになってそうで、

① 本物の私は海外に行ってると、話してるらしく

② 見えない所から攻撃をしてくる偽物の私がいるそうで

③ 偽物だと思ってるけど食事を用意してくれる優しい私とか?

とにかくややこしいのでございます ( ・ω・` ;)

そのままの状態で、
ただ毎日、朝・昼・晩のご飯を
作り続けなきゃならない現状ってのは
なかなか辛いものがあるのは間違いのない話です。

ぶっちゃければ、
私の心の中にも二面性はあるのだけど
そんなのは、誰の心のなかにもある様な
普通の事だと思えるから書くけど。

❏この肝硬変という病気は治ることはないだろうけど、
肝機能が安定すればちょっとは延命できそうなので
なんとか生き延びて、
もうちょっと人生楽しんでほしいという気持ちと…

❏この肝硬変という病気は治ることはないだろうし
肝機能が安定して多少延命しても
今のままずっと苦しむ毎日が待ってるだけだろうから
早めに逝ってしまったほうが本人も楽なのでは?

まぁ何ていうか、私がもう関わらなくて良いのなら
生きようが亡くなろうが、
私はもうどっちでも良いんですよ。

酷い話だと
突っ込む人も居るかも知れないけど、

私という人間はこの世にひとりしか居ないし
私は誰の事も傷つけたりしていない。

私の事を偽物と言わないで欲しいし 
親身になってお世話をしてあげてるのに・・・
あの人から攻撃者と思われているのは、
なかなか辛い事なのです。

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ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

あうん 阿吽
阿(あ)は口を開いて最初に出す音
吽(うん)は口を閉じて出す最後の音

そこから、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされたり
対となる物を表す用語としても使用されたり
色々な使われ方をしてそうです。

すべての事柄には始まりが有り
終りが来るという意味合いの様です。

阿吽(あうん)の語源の元はインドのようで、
”宇宙”と壮大な表記をしている様だけど
私は、”あうん”を、ただの始まりと終わり
という意味合いで使うことにしてみました。

人の一生も阿吽

 


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