ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

今までの人生を振り返りつつ 私の生き方を綴るブログです。

1億の家から1間生活へと
私の幸せの基準



★私の体験から生まれた”個人的な考え方”





blogmuraカテゴリー 60歳代 ライフスタイル 

私の体験から生まれた
”私の個人的な考え方” (箇条書き)


毎日・鏡で自分の顔を見ることは凄く大事な事だと私は思う


毎日・自分の顔を見ていると自分の事を大事にしようと思えるはず


自分の事を大事にしようと思うと自分の事がどんどん好きに成る


自分の事を好きになると人生観がちょっと変わる


自分の事を最も大事にしないと誰も守れないし誰も幸せには出来ない


自分の事が最も大事だと言い切ってしまうと人生は楽しくなる


たとえ作った笑顔だとしても笑顔は敵を作らないし愛される事が多い


たとえ作った笑顔だとしても、いずれ本当の笑顔に成る


人の性格は何気ない顔の表情に現れるのは間違いのない真実


人の性格が顔に刻まれていくという説は眉唾に過ぎない


笑いジワが多い人が良い人そうに見えても実はそうでもない場合もある


八重桜 再 1


自分探しという行動や言動は、単なる逃避に過ぎないと私は思う


自分の事は自分が一番良く知ってると思ったら大間違いである


自分でも解らない意外な自分を知るためには人との関わりが必要である


自分の存在価値は人に見出してもらう物ではなく自分が認めるべき。


誰かのために生きる事で自分の存在価値を見出すことは虚しい事だ


誰かに尽くしても相手が自分の事を認めてくれるのはその瞬間だけです


我慢して人に尽くす自己犠牲精神の強い人は絶対に幸せにはなれない。


自分の為に生きる人生こそが正しい生き方だと私は思う。


我慢は美徳でもなきゃ偉くもない、自分が何も出来ない証明にすぎない。


誰かにすがったり頼ったりするのは恥ではなく賢い生き方だけど成長しない。


誰にも迷惑をかけずに生きていく事は絶対に不可能である。




人の不幸は蜜の味という感情は自己幸福感を満たす底辺手段である。


歳を重ねる度に自分の事が好きになる生き方が最高だと思う。


頑固で自分の信念を変えない人は凄く損をしてると私は思う。


自分の考えが絶対正しいと思ってる人に進歩はない。


後悔ではなく、過ちを反省する生き方の方が実は楽である。


後悔を引きずる人生ほど虚しい人生はないと私は思う。


人と群れて右にならえは個性を打ち消してしまう悲しい習性である。


人に影響を受けることは素晴らしい事だけど人に流されるのは最低である


人は人・・・自分は自分という生き方は個性を育ててくれる


生まれながらの自分の個性は大事にすべきだと私は思う。


2020 4 16 淡くてかわいい八重桜 4


「なぜ私は私なのか」 それが私だからこそ私なのだ論は守るべき


人は飽きる生き物であり何事に対しても飽きない人間は居ない。


飽きるという気持ちは本能的な物であると私は思う。


飽きるという感情が生まれなきゃ新しい事を受け入れられない。


しがらみを一掃すると残りの人生が楽しくなる。


実のところ人生ってのは何度でもやり直すことができる。


今の自分に満足しているのなら どんな状況にあろうともそれが1番幸せ。


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ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

あうん 阿吽
阿(あ)は口を開いて最初に出す音
吽(うん)は口を閉じて出す最後の音

そこから、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされたり
対となる物を表す用語としても使用されたり
色々な使われ方をしてそうです。

すべての事柄には始まりが有り
終りが来るという意味合いの様です。

阿吽(あうん)の語源の元はインドのようで、
”宇宙”と壮大な表記をしている様だけど
私は、”あうん”を、ただの始まりと終わり
という意味合いで使うことにしてみました。

人の一生も阿吽

 


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