ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

今までの人生を振り返りつつ 私の生き方を綴るブログです。

1億の家から1間生活へと
私の幸せの基準



★夢みたいな事を思っても良いじゃない。





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去年の5月
元主人が突然SOSコールをしてきて入院して
本当に死にかけの様な状態でしたし
もしかしたら年は越せないかもという感じで
もう先が長くないと医師から言われたのを受け
なら、それまで世話をしようと決めて7ヶ月半

病状は安定期に入って
”それまで”という期間が、
医師いわくの1年から数年に伸びたのかもで、

今年に入ってから
私の気持ちも随分落ち着いて参りまして
先の先・・・ってのを
ゆっくり考えられるように成って参りました。

February04,2021
私はそのために頑張ってきたからこそ
めちゃくちゃ嬉しいわけです。


先日元主人が受けた
統合失調症の最新治療 LAI(持続性注射剤)

まあ、そういう事を知らない人から見れば
なんだかよくわからないかも知れませんが
精神科の治療が受けられる事になったのは
凄く喜ばしい事なのです。

妄想と現実の間で生きる
という事がどんな状態なのかは
本人以外、誰にも解らない事だと思うし
相手を理解しようと踏み込んでは駄目な領域なので

相手の話をそれなりに聞いたふりをして
適当に相槌を打って、
「へ~そうなの たいへんね」などと答えるのが
妄想癖を持つ精神疾患者への対応としては
基本的なマニュアルみたいな感じなわけで。



それはもう、
その人を、”普通の人”と言う観点で
扱っていない証であるわけで・・・

私はそれがどうしても納得できないから。
妄想話をする元主人の話に対して
「そんな事あるはずないじゃん」
と言ってしまうから
元主人からしたら、
否定されること自体が納得できない訳です。

そういう状態が異常だと解ってるのに
受け入れて相手に合わさなきゃならない
それが最大級の苦痛なのです。

だから私は精神疾患者である元主人と
話す事をやめました。

ヘルパーさんや看護師さんのように
妄想話を聞いて納得したふりをして
適当に相手に合わせるのは、
本人に妄想が真実だと思わせてるような物かもとも思えるし

私のように話すのをやめても
何の解決にもならないのだから

それなりにしっかりした治療をしていただくのが
最も正しい方法のはず

Nantonaku 私の部屋の窓側がちょっとジャングルっぽい感じになってます
私の部屋の窓側がちょっとジャングルっぽい感じになってます


20年以上前、元主人が精神を病んだ時
本人が薬を拒まなきゃ
ここまで酷くなってはいなかったと思えていますので、
自業自得と言う話にはなりますが、

心を病んでるのだから
当たり前に平常心は保てない異常な状態なわけで、
正常な判断ができるのかという問題なわけです。

入院も服薬も・・・何でもかんでも
本人の意志を尊重するという考え方の元
精神疾患者の人権を尊重すると称して
本人任せで放置してる現状が間違ってる気がします。

今回は数ヶ月掛けて、
元主人に精神科の治療をはじめて頂けるような
流れをうまく作りました。

肝臓が弱っていてはその治療は無駄になるので
今後もずっと食事には手を抜けませんし
今更って感じがしなくもないけど

いつかまた、仲良しだった頃のように
普通の会話ができる日が来ると良いなあと・・・
夢みたいな事を思っても良いじゃない。


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ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

あうん 阿吽
阿(あ)は口を開いて最初に出す音
吽(うん)は口を閉じて出す最後の音

そこから、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされたり
対となる物を表す用語としても使用されたり
色々な使われ方をしてそうです。

すべての事柄には始まりが有り
終りが来るという意味合いの様です。

阿吽(あうん)の語源の元はインドのようで、
”宇宙”と壮大な表記をしている様だけど
私は、”あうん”を、ただの始まりと終わり
という意味合いで使うことにしてみました。

人の一生も阿吽