ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

今までの人生を振り返りつつ 私の生き方を綴るブログです。

1億の家から1間生活へと
私の幸せの基準



★「大丈夫ですがんばります」 と 言うのを やめました。





blogmuraカテゴリー 60歳代 女性シニア 

今日は元主人の病院の付添いです。

以前は1ヶ月毎に行かなくてはなりませんでしたが
状態が安定してましたので
2ヶ月に一度でいい事になりましたので
かなり気が楽です。

人のお世話が大変だって事は
30代後半~40代後半までの
姑と主人の二重介護という過去の経験上、
嫌というほど解ってますので、
あれから10年以上経った今は
かなり緩やかに対応できてるのではないかな、と
思ったりしてます。

最初は焦ったり戸惑ったりしましたが
時とともに慣れて、何かが吹っ切れた時
ヘルパーさんとか看護師さんに頼ってしまえば
気が楽になる事を知ったので
「大丈夫ですがんばります」 と言うのを
やめて
人に頼ることにしました。

病院のまちあい

元主人の場合は
激しい妄想を伴う統合失調症を患っていて
想像を超えるような大変さが伴うわけなので

そういうひとが一般病棟に入院してくると
病院側はめちゃくちゃ大変なので
元主人の例ように
入院を断られる可能性が高まります。

心の病をあなどるとエライ目にあう良い例ですので
”もしかしたら鬱かも”と思った時点で
早めの段階で精神科への受診をおすすめします。

ただ、もしも・・・この11年の間に
元主人の心の病が完全に治っていた場合とか、
元々、統合失調症を患っていなかったとした場合で
肝硬変で死にかけてたとしたら。

もうどうしようもない状態にはなってましたね。(・。・;)

精神疾患だからこそ
来ていただけてる
看護師さんも精神専門のヘルパーさんも
障害者ではない健常者のお宅には訪問できませから
ヘルパーさんが必要な場合は
実費でお願いするしかありませんし・・・

当たり前に今のような障害年金は頂けないから
年金がもらえる歳になるまでは働いていないと
生活は出来ないわけで・・・

何らかの理由で働けない場合は
生活保護で生きなくてはなりませんが、
その場合は医療費が無料にはなるのだろうけど
全てを自分で何とかするしか無いわね。

だけどそれすら無理な状態まで病気が悪化した場合
私だけしか頼れる人がいないのだから
ヘルパーさんも誰も助けに来ない
最悪な状況での私の出番って事になってしまうので
今の私の立場で考えたら、
精神を病んでいて良かったと言う事になってしまうので
なかなか難しい問題な訳です。



シニア世代の離婚は毎年増えてるわけで

離婚したあとに、
元、ご主人の面倒をみなきゃならない状況にある人も
それなりに居るとは思うのだけど

お子さんが居ない場合で
相手に金銭的な余裕がないのなら、
お世話を引き受けたりしないほうが身のためかもで

お子さんがいる場合は、
元ご主人の血縁関係にあるお子さんが
元ご主人の面倒をみる義務などがあったりするから

子供に面倒を掛けたくないという思いから
私のような感じで面倒を見てる人もいるはずなので
私の今の状態より大変だと思うのですよね。

緊急事態宣言のせいでなのか、
夕方5時頃の帰宅時のタクシーが全く無くて
こんな時間になってしまいました (´;ω;`) ではまた。

にほんブログ村 シニア日記ブログへ 

ご訪問ありがとうございます。

(❀╹◡╹)ノ゙応援、よろしくお願いします。

PVアクセスランキング にほんブログ村

シニア日記ブログ 女性シニア
50代の生き方  50歳代 
60代の生き方  60歳代

Nantonaku なんとなく アイコン


該当の記事は見つかりませんでした。

 

ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

あうん 阿吽
阿(あ)は口を開いて最初に出す音
吽(うん)は口を閉じて出す最後の音

そこから、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされたり
対となる物を表す用語としても使用されたり
色々な使われ方をしてそうです。

すべての事柄には始まりが有り
終りが来るという意味合いの様です。

阿吽(あうん)の語源の元はインドのようで、
”宇宙”と壮大な表記をしている様だけど
私は、”あうん”を、ただの始まりと終わり
という意味合いで使うことにしてみました。

人の一生も阿吽