ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

今までの人生を振り返りつつ 私の生き方を綴るブログです。

1億の家から1間生活へと
私の幸せの基準



★私は平凡で、そこらにいる 極めて普通の ただの人。





blogmuraカテゴリー 60歳代 女性シニア 

最近の私の体調は
腰痛と背中の痛みがある程度で
更年期障害的なめまいも動悸も発汗も
落ち着いてしまってるので良い感じだけど、

下腹部痛と腰痛と不正出血だけは
ほぼ定期的に訪れる。

私の中では、60歳もすぎたのだから
これはもう不正出血だろうと勝手に思ってるけど
毎日必ず記録してる体調の変化の表を
受診時に眺める婦人科の医師は不正出血とはいわず、
それに対しては”生理”と言う表現しかしない。

ホルモン補充療法(HRT)を受けてるから
そんな感じになってるのだろうと思えるので
不正出血にあたる気がするんだけど

まあ、どっちにしても もう
ホルモン補充療法を終了させる方向で進んでるので
今頂いてるメノエイドコンビパッチが無くなれば
それで終了の運びだけど、

普通に使って無くなった時点でピタッと終えるのか、
週2を、週1にするなどして、
緩やかに終えるのかの判断は
体調の変化次第で好きに対応して良いと言われたので
私は自分の体調と相談しながら
適時対応という形を取ってるけど

ぶっちゃけもう
不正出血を伴う子宮痛×腰痛が辛いので
ちゃちゃっと使い切って終了で良いかなと思ってます。



その歳でまだ更年期とか変だとよく言われたので
私は自分がオカシイのかもとか思ってましたが
実は普通の域なのです。

婦人科の更年期外来に数年通ってると解る事だけど
更年期障害でホルモン補充療法(HRT)をやってる人は
実は凄く多いのです。

何でもそうだけども、
周りの人とちょっと違うと、私は変なの?・・・と
思うことが良くあるんだけど

それらの全てが、
普通の範囲内にある事に気がついて
ほっとする訳です。

例えば昨日の【私の脳内】

女友達がいないのは
”オカシイ”かもと勘違いしてたけど”真逆だった件”


50代で友達がいないと
もしかしたら変だと思われそうだからって理由などで

大して仲良くもないし、たまにしか話さなくても
自分の中では一応”女友達の部類”と勝手に思ってる的な
そんな程度の
ただの知り合いしかいない人のほうが
圧倒的に多いことを知るわけです。

京都駅付近のカフェでお茶
昨日の記事で
『まぁ、要するに簡単に書けば、
私は孤独を愛する変人なんです。』 
と書いて締めくくったけど

何だか大変そうなのに、
今の私が幸せだと思える理由

December12,2020

単にそう書いただけで、
自分が変人とか実のところ思ってません。

人生長く生きてると、
色々な事がわかってきて
それなりに感情の起伏が
若い頃よりも減ってきてる事に
気がついたりなんかしても

この歳で苦労したくないわとか思えたりして
面倒なことに巻き込まれたくないわ的な感じで、
平穏を望むように成ったりなんかして
無駄と思えるような事で怒らなく成ったした結果であって、

とりあえず今の暮らしを大切にして
守りに入って生きてたりする
同年代の人が多そうで

今の私が孤独を愛するのも
それと似たようなものなので
別に特別なことでも無いような気がするんですよね。

ただまあ、
家族型保守体制を築いてる人には
孤独を愛する人の気持ちは
理解できないかも知れないし ( *´ ︶ `* )

仲良し夫婦だとしても
いずれ 長生きしたほうが 最後はひとり
そっちの孤独感は想像できないほど辛いはず。


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ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

あうん 阿吽
阿(あ)は口を開いて最初に出す音
吽(うん)は口を閉じて出す最後の音

そこから、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされたり
対となる物を表す用語としても使用されたり
色々な使われ方をしてそうです。

すべての事柄には始まりが有り
終りが来るという意味合いの様です。

阿吽(あうん)の語源の元はインドのようで、
”宇宙”と壮大な表記をしている様だけど
私は、”あうん”を、ただの始まりと終わり
という意味合いで使うことにしてみました。

人の一生も阿吽