ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

今までの人生を振り返りつつ 私の生き方を綴るブログです。

1億の家から1間生活へと
私の幸せの基準



★何だか大変そうなのに、今の私が幸せだと思える理由





blogmuraカテゴリー 60歳代 女性シニア 

今日の京都は
イマイチで風の強い寒い日になりました。

元主人から頼まれたお買い物に出かけたいけど
(( (;゚ Д゚ ) )) 寒い ・・・

でもまあ、嫌ならイヤで
また今度にすればいいか的な適当な考えだと
モヤモヤがさり気なく溜まって行くから
ちゃんとお買い物には行きますけど
度々何度もあれこれ買いに行かされるのは
ぶっちゃけめんどい (・`ε・´o)

普通の肝硬変患者と違って
精神疾患を患ってる元主人は

ありとあらゆる肝硬変の症状を
妄想とからめて勝手に誤認するから
肝硬変の症状が悪化してしんどくなるたびに、
その理由を誰かのせいにしたり
”物”のせいにするので

肝硬変の代表的な症状のかゆみに対しても
洗濯洗剤が悪い、ボディソープが悪いと
何度も買いに行かされたりも、するし、

かゆみに耐えられず
ステロイド系の薬を体中に塗りまくってしまうから
いずれ副作用で苦しむ事になりかねないけど
基本的に我慢できない性格の人だから
誰の助言も聞く耳はもたない。



そんな感じで、
何だか大変そうなのに、
今の私が幸せだと思える理由

脳内ブログでも書きましたが、
今の私の暮らしは全てにおいて理想的なのです。

* 50代と60代を語る 私の脳内 *
誰と一緒にいても疲れるんです。
2020年12月11日 (金)

この私の脳内記事を読んで頂ければ
基本的なことは解るとは思いますが

ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”
まずひとりで生きている事が”私の幸せの基盤”で
誰にも気を使わなくて良い
この空間(部屋)が最も幸せを感じる空間です。

膨大な苦労を伴う人生でございましたが
そんな今までの人生の
すべての経験が
私の幸せに輪をかけています。

Nantonaku ドアのない1Rマンションの悲劇 
寒くなってくると辛い 【 ドアのない1Rマンションの悲劇 】

やりたいと思えた事の全てを私はやってきたし、
それなりの成果を上げてまいりましたので
最高の人生だった
と、思えておりますし

姑の介護とか統合失調症に成った旦那様の世話とか
嫌イヤながらも
やるべき事の全てをきっちりこなして参りましたので
私の心の中での満足感が半端なく大きいのです。

でもって息子を授かった事が
この上ない最大級の幸せなので

その息子を守るために
私がこの先、元主人の件でどんなに苦労しようとも
大したことはないと思えてる自分が割と好きで、

私に息子を授けれくれてありがとうという
感謝の気持ちを持ちつつ元主人の世話してみると
それはそれでまあ、そうね、と思える自分も私は好きで、

そんな元主人の世話をすることは
自分が必要とされる存在であることを実感できるから
ある程度の満足感を生むのに、

私は身内でも家族でもないので、
一線どころか何線も引くことが出来るので気が楽で、

私は”ひとり”を満喫できる。

どんなに苦労しようとも

誰にも気を使うこともなく、

ひとりで生きてるから私は最高に幸せなのです。

まぁ、要するに簡単に書けば、
私は孤独を愛する変人なんです。 ( *´ ︶ `* )


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ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

あうん 阿吽
阿(あ)は口を開いて最初に出す音
吽(うん)は口を閉じて出す最後の音

そこから、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされたり
対となる物を表す用語としても使用されたり
色々な使われ方をしてそうです。

すべての事柄には始まりが有り
終りが来るという意味合いの様です。

阿吽(あうん)の語源の元はインドのようで、
”宇宙”と壮大な表記をしている様だけど
私は、”あうん”を、ただの始まりと終わり
という意味合いで使うことにしてみました。

人の一生も阿吽