ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

今までの人生を振り返りつつ 私の生き方を綴るブログです。

1億の家から1間生活へと
私の幸せの基準



★あの人が 私の手を離れたら もっと駄目になる事など とっくの昔から解ってました。





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ここ数日はずっと、
夜は疲れて早く寝てしまうものだから
朝は8時前から目が覚める。

というか早朝の掃除機の音で起こされ
早起きするから
夜ネムイ(´・ωゞ)だけだけどね。

今日の京都も昨日と同じで
良い感じで朝日がまぶしいけど
午後辺りから雲が増えてきそうな天気

大昔・早起きは三文の徳とつぶやいた人がいる
朝早く起きれば
健康にも良いから徳だという考えだそうだけど
そんなものはその人の生活形態次第だし
私にとっては逆にしんどいだけで何の徳もない。

自分の生活を守るために必死で働いて
疲れてる時は、
今の状態が嫌になることがある
私はいつまでお世話をしなきゃなのか・・・
ちょっと延命できそうな患者くん 私はいつまでお世話をしなきゃなのか

その答えを
私はすでに十分すぎるほどに解ってる
あの人が死ぬその時まで、
私が面倒をみなきゃならないだろう事など
とっくの昔から解ってる
元主人がひとりで生きていきたいから
別れてくれと言ったときから解ってる。


結局の所、
私は解りすぎるから駄目なんだろうなあと、
たまに思ったりします。

私が毒を盛ったから心の病気になった
と、言い張ってた元主人が
ひとりで生きていきたいと望んで
離婚する事に成ったけど。

あの人はひとりで生きていけるような人じゃない
そんな事など当時すでに解ってたから
家を売却した時に余ったお金を持たせて
好きなようにさせてあげたけど

私の予想では
3年ぐらいでギブアップするかもと思ったけど
意外にもちょっと伸びてまる5年、
6年目にはいった翌年の春に色々有って
初のSOSコールが鳴る
それから度々色々と助けてあげたりしたけど

昨年あたりにはもう限界に近いと感じてたので
まじで新居を探してあげようとしていたわけだけど

昨年の秋から~今年に掛けて
私が連続3回という尿路結石に成ってしまい( ・ω・` ;)
その後・・・コロナ騒動が始まって
様子見という感じで放置してる間に
元主人は肝硬変で死にかけてました。

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あの人が
私の手を離れたら
もっと駄目になる事などとっくの昔から解ってました。

元主人が気楽なひとり暮らしに成ったからと言って
心の病気が回復するかもなんて思った事は
実は一度もございません。

むしろその真逆で、
精神疾患はどんどん悪化すると解ってました。

だけど、あの頃のあの人は、
私が毒を盛ったから自分が病気になったのだと思い込み
私から逃げたかったのだからしょうがないというか

もう、なんていうか、
毎日のように私は元主人から責められて暮らしてましたので
憎たらしく思えることが多くなってましたので
開放された喜びのほうが実は大きかったのです。

だけどあの時、私は、
いずれ、数年後に 再び
あの人の面倒をみなきゃならない日が来る覚悟は
すでにしてました。

あの人が、病気になっても、ボケても
面倒をみられそうな人間は私しかいないのだから・・・

助けてコールの私の予想は
3年から伸びて、5年すぎてからだったけど

あの人の介護の予想は
20年先から・・・11年ちょっとと短く成った
ただそれだけの事です。

私が元気な状態でいられるのなら
あの人が死ぬその時まで、
私が元主人の面倒をみなきゃならない。

それは全て、愛する息子のため

それ以外の、それ以上の理由は微塵もない。


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ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

あうん 阿吽
阿(あ)は口を開いて最初に出す音
吽(うん)は口を閉じて出す最後の音

そこから、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされたり
対となる物を表す用語としても使用されたり
色々な使われ方をしてそうです。

すべての事柄には始まりが有り
終りが来るという意味合いの様です。

阿吽(あうん)の語源の元はインドのようで、
”宇宙”と壮大な表記をしている様だけど
私は、”あうん”を、ただの始まりと終わり
という意味合いで使うことにしてみました。

人の一生も阿吽