ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

今までの人生を振り返りつつ 私の生き方を綴るブログです。

1億の家から1間生活へと
私の幸せの基準



★その一言でぐっと堪え 私は自分の成長に期待してみる





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今日の夕方
実家の母から電話がありました。

父がまた入院してたらしいけど、
症状が落ち着いて退院が決まったので
電話してくれたようだけど
実家の母は遠い地に住む私に気を使って
様態が安定してから電話をくれたりします。

父は今年90歳 母は今年85歳
今回は尿道炎で高熱が出ての入院だったようだけど
父は少し認知機能障害も有るようだし
前立腺癌の骨転移で大腿骨の手術をして
足がすこし不自由なので父の世話は大変ですが、

弟の嫁と読んでいるものの、
実は籍を入れていないので
内縁の妻という立場になる女性が
両親の面倒を見てくださってるので助かります。

内縁の妻というものの、
法律的には婚姻に準ずるものとして
法律で保護されているそうだし
一緒に暮らして長いので、
私は弟の嫁とちゃんと認めてる訳だけど

その女性が、
私の両親をとても気遣って下さっていて
色々と助けて下さってるので
遠くにいる私はとても安心できています。



私の両親は昔の人間ですので、
”籍を入れていないのだから”
嫁ではないと言う認識な訳なので
彼女に対してそれなりに気を使いますし、

嫁でもない人が、
自分の実の娘以上に気遣ってくれて
自分たちの面倒を見てくれてることに
心から感謝できてる訳なので

そういう生活形態もありかな?と、
思ったりする昨今でございます。

要するに、
私が姑の介護をしてた
10年以上の歳月で経験した事だけど

当たり前のように籍が入ってたりすると、
『嫁が面倒を看るのは当たり前』
ってな感じですよね。

でもまあ、その彼女が
たとえ弟の籍に入っていたとしても
温和な性格の私の両親が
そんな風な態度を取るとは思えないけど

昔の人の考えで行けば、
やっぱ世間一般的にはそうですからね。
( ・ω・` ;)

でもって、若い人の考え方で言えば
そんなふうに言われたりなんかしたら
『嫁に姑の扶養義務も介護義務もないわ』
と言うことになるので、

法律上、籍を入れた状態と同等の
内縁の妻という立場は、
双方共に気使いができる
最高に素晴らしい関係なのかもと思ったりします。

間取 夏のストライプ
部屋のレイアウト
落ち着かないから変えます(๑•̀ㅂ•́)و✧


私と元主人
数年前に
家族だったと言うだけで
今の私達の状態も似たようなものなので

昔、縁があったけど今は他人なのだから
あの人は私に
もっと感謝してくれても良いとは思うんだけど

統合失調症という病気で、
記憶が曖昧なくせに
妄想が山のように膨れ上がる物だから

結婚した記憶がないと言ってみたり、
復縁したと勘違いしてみたり
昔結婚したのは1番目の○○ちゃんで、
3番目のお前ではないと言ってみたり

とにかく気遣いが全く無いものだから
( - ω - ;)
そう言われる立場の私は、
どうすりゃいいのって感じだけど。

『病気だから仕方ない』 その一言で
色々な思いを・・・ぐっと堪え
再びの介護で自分の成長に期待してみる私。


そう思わないと、やってられないから
そう思う様にしてるだけの事です。


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ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

あうん 阿吽
阿(あ)は口を開いて最初に出す音
吽(うん)は口を閉じて出す最後の音

そこから、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされたり
対となる物を表す用語としても使用されたり
色々な使われ方をしてそうです。

すべての事柄には始まりが有り
終りが来るという意味合いの様です。

阿吽(あうん)の語源の元はインドのようで、
”宇宙”と壮大な表記をしている様だけど
私は、”あうん”を、ただの始まりと終わり
という意味合いで使うことにしてみました。

人の一生も阿吽