ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

今までの人生を振り返りつつ 私の生き方を綴るブログです。

1億の家から1間生活へと
私の幸せの基準



★統合失調症の妄想を否定しては駄目と言うけど【私は否定します】





blogmuraカテゴリー 60歳代 女性シニア 

人に優しくすると、
自分の心も満たされる感じがするって事で

人の為には 結局 自分の為。
August04,2020

元主人は
毎日の様に出かけたいとつぶやくけど
日中は暑くてちょっと無理ですから

お仕事に出かける前に、
「私がお仕事から帰ったら散歩に行こうね」と、
元主人と約束して

夕飯を持っていって
食べたらお出かけできますか?と言うと
『しんどいから行かない』と、いつものお返事

お休みの日の日中に誘ってみても
誘うと断られる
このやり取りは毎度のことでございます。

気持ちは出かけたい、でも、しんどい
今はまた腹水がまた溜まってきてますので
しんどいだろうなとは思うのでしかたないわね。

そう言えば
統合失調症のひとの妄想話を
否定してはならないとよく言われますが

あれ、実は・・・
ちょっと間違ってるんじゃないのかと
思えたりすることが多いですね。

2017 10 26 友人と お買い物と食事とお茶 7

最近の元主人は、
肝硬変からくる肝性脳症が薬で抑えられてるので
妄想の量がかなり増えて
毎日のように変な話を繰り返すけど

私が妄想を否定すると、
「ああ そうか あり得ないよな」 と・・・
納得して下さる場合が割と多いのです。

例えば、
「入院中にシャツが無くなった
同じ部屋の人に嫌がらせを受けてた」

という妄想に対し
「人が脱いだシャツを欲しがる人はいませんよ」
「周りの患者さんは重病人ばかりでしたよね」
「寝たきりの人は歩けません」
「あなたの思い過ごしですよ」
と言いましたら納得しました。

例えば、
「今から試験を受けに行かなきゃならない」 と
焦って着替えて
出かけようとすることが有りました

30歳ぐらいの時の宅建の試験の事を思い出し
色々混同したようだけど

「○○さん 大丈夫ですよ」
「試験は無事終了しました 合格おめでとう」
「あれからもう 30年も経ちましたね」
「お互いに老けましたね」 と
鏡を見せたら落ち着いたり・・・



本人がすぐに納得できる様な
簡素な説明で
自分が間違ってる事を理解できる事が
多いのです。


訪問看護師さんとかヘルパーさんは
妄想に対して否定してはならないという
マニュアルみたいなものに従って

「そうなんですかぁ」 とか
「それは大変ですねぇ」 とか 
否定も肯定もしていない
そんな言葉を連発なさるけど。

『隣の部屋の人から監視されてる』
という妄想に対しての看護師さんのこたえが
「そうなんですかぁ」 とか
「それは大変ですねぇ」 だと
『監視されてるのは事実なんだ 』
更に深く思い込んでいく場合もある気がします。

妄想話は割りと数日続くし誰にでも言うのですが

『隣の部屋の人から監視されてる』 に対して
私はこう言いました。

「隣の部屋は○○バスさんの社員寮だけど」
「確か2週間ほど誰も住んでませんよ」
「○○さんの気のせいですね」

これは事実だけど
そう告げるだけで元主人は速攻納得しました。

妄想を否定する形には成ってるけど

納得させれば
ちゃんと理解する場合のほうが多いのです。

統合失調症の妄想を
否定しては駄目と言うけど
私は否定します。 (๑•̀ㅂ•́)و✧


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ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

あうん 阿吽
阿(あ)は口を開いて最初に出す音
吽(うん)は口を閉じて出す最後の音

そこから、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされたり
対となる物を表す用語としても使用されたり
色々な使われ方をしてそうです。

すべての事柄には始まりが有り
終りが来るという意味合いの様です。

阿吽(あうん)の語源の元はインドのようで、
”宇宙”と壮大な表記をしている様だけど
私は、”あうん”を、ただの始まりと終わり
という意味合いで使うことにしてみました。

人の一生も阿吽