ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

今までの人生を振り返りつつ 私の生き方を綴るブログです。

1億の家から1間生活へと
私の幸せの基準





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★50歳からの私は 別の人生を生きてます。





blogmuraカテゴリー 60歳代 女性シニア

ついさっき・・・
脳内ブログの予約投稿で
一変の悔い無し的な記事を
書いたけど、

このブログを書き始めた
2013年8月の初記事でも
似たような事を書いてます。

『いつ死んでも悔いのない人生』

私は、たぶん
親の元を離れた18歳の時から
そんな生き方を
積み重ねて参りました。

小学1年生で将来の夢を決め
十代の私はその夢の基盤を創り
二十代になると人生の最高期を迎え
三十代になって人間の重みを知り
四十代で人生とはなんたるかを少し悟り
五十代でそれまでの人生をリセットしました。

50歳から
ひとり暮らしになった私は
たぶん別の人生を生きてます。

っていうか、
幼少期からの私とは全く違う
別の私かな


写真が綺麗に撮れなかったけど
すごくきれいな黄色の紅葉だったのよ 

写真が綺麗に撮れなかったけどすごくきれいな黄色の紅葉だったのよ 1


何が変わったかと言えば
私はかなり弱気になった
守りに入る性格になってしまった。

若い頃の私は
絶えず強気で突っ走って生きていた
そんな私が好きだったから
歳を重ねて守りに入るような
性格になりたくなかったけど

若さは馬鹿さで
無謀な部分がある物だから

歳を重ねて
純粋無垢な部分がなくなり
人生の厳しさを知ってしまって

穏便に慎ましく生きていくことが
最善の選択と思うようになるのは
私だけではなく誰でも同じはず。

でもそれって 
安心感が有って
心地よいのよ





たまにネットの人に、
リア充人間死ね 
と言われますけど(;・∀・)汗
https://www.google.co.jp
リア充人間死ね 

生きる事に必死になってると
割とリアルは充実して来るもので

必死に生きてる人って
容姿無関係で
人としての魅力がにじみ出てくるから
好感を持てたりするらしいし
人生、なかなか順調らしいです。

人の性格は
家庭環境とか
人間関係で決まるかも知れないけど


己の全ての悲は
己の卑屈な性格が元凶である
と私は思うのです。
==============================
https://www.google.co.jp
卑屈
自分をいやしめて服従 
妥協しようとするいくじのない態度。
==============================

今の私は、貧乏と言える部類で
たいしていい暮らしもしてないし
ぎりぎりな生活で毎日必死だけど

心の余裕だけは
59年の人生の中では
最大級に大きくて
めっちゃ幸せに生きてます。

脳内ブログとリンクしちゃうけども
一片の悔いもない、
そんな生き方を
積み重ねた結果の今だけど

こんな私も
二重介護に疲れていた時期があって

そこから逃れたくて
人を憎んだ過去があって
人の死を願って生きてきた事もあったけど
頑張りました。


そんな苦労の時代を乗り越えて
やっと 今の私が形成されて
今の私は、悔いのない人生で幸せだと
つぶやけるのだから

そんな人間のアドバイスに
耳を傾けても良いのかもとか
思ったり・・・


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ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

あうん 阿吽
阿(あ)は口を開いて最初に出す音
吽(うん)は口を閉じて出す最後の音

そこから、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされたり
対となる物を表す用語としても使用されたり
色々な使われ方をしてそうです。

すべての事柄には始まりが有り
終りが来るという意味合いの様です。

阿吽(あうん)の語源の元はインドのようで、
”宇宙”と壮大な表記をしている様だけど
私は、”あうん”を、ただの始まりと終わり
という意味合いで使うことにしてみました。

人の一生も阿吽