ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

今までの人生を振り返りつつ 私の生き方を綴るブログです。

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★遺産相続放棄





blogmuraカテゴリー 60歳代 女性シニア

2018 5 27 昨日の花3種
2018 5 27 昨日の花 3種 1

4月の末頃のコメントの返答に
【相続放棄】という言葉を書きました。

❐いずれご両親からの相続があるから大丈夫
のご意見に対し

⇔20代の時に姉と私は相続放棄をしてます
という返答をさせて頂きました。

今日は
それについて少し書いて参ります。

2018 5 27 昨日の花 3種 4

30年も前の話なので
どういう経緯で、そんな話になったのか
明確な所は解りませんし
どんな書面で、
どんな文字を書いたのかすら
全く覚えていませんが

話を進める前に

いずれ、その件について
ブログで書こうと思っていて
前もっての、ほんの数日前に
相続放棄について調べた所、
予想外な事実を知ったりして
少し驚きました。

https://www.google.co.jp
相続放棄は生前にできない

『相続放棄を強要されるのを防ぐため』
という理由だそうだけど

生前相続放棄
同意書とか念書的なものは
法的には無効だそうです。

2018 5 27 昨日の花 3種 3

30年前の当時の母は
多分、何も知らずに
相続放棄を申し出てきたのだろうと
思うわけだけど

30年ほど経った現在、
その念書はどうなったのかとか
法について把握してるのだろうかなど
気になる事はたくさん有るけど

法的に無効だと初めて知った今
私の気持ちを
先に書いておくと

30年以上も長い年月
相続放棄に納得して生きてきました

58歳になった今、
それを知ったところで
私の気持ちは何も変わらない
もしもが有っても相続は放棄します。

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2018 5 27 昨日の花 3種 4


当時の母は
50代前半だった
母が私に遺産放棄を
申し出てきた気持ちが
今の私には、ちょっとわかる。

大きな会社を経営していた自分の父
私から見て母方の祖父が亡くなった時
私の母は多分まだ30代だったかな、

母には兄弟姉妹の数が凄く多くて、
10人以上いました
それだけたくさんいるとなると
いろいろな性格の人が居るわけで
しかもその配偶者の方たちも
口を出して参りますから大変です。

土地などの不動産系が多くて
いろいろな事情が絡みつつ
遺産相続問題は数年と長く揉めて
当時中学生~高校生だった私は
その事をよく知ってる

だから
自分たちがまだ若く元気な内に
私達がまだ若くて稼げる欲の少ない内に
スッキリ爽やかに遺産相続放棄の一筆を
申し出ても問題ないと考えたはず。

要するに
母は長男である息子を
守りたかっただけだと思います。

あれから30年以上経っても、
母は相変わらず
愛してやまない我が息子
って感じですから 
可愛らしいものです。

世の中綺麗事じゃないでしょうとか
突っ込まれそうだけど

今の私は、生活が苦しいけど
素敵な生活が出来てるし
幸せなので大丈夫そうです。

私は親の遺産を
あてにするような
人間には成りたくはないです。

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ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

あうん 阿吽
阿(あ)は口を開いて最初に出す音
吽(うん)は口を閉じて出す最後の音

そこから、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされたり
対となる物を表す用語としても使用されたり
色々な使われ方をしてそうです。

すべての事柄には始まりが有り
終りが来るという意味合いの様です。

阿吽(あうん)の語源の元はインドのようで、
”宇宙”と壮大な表記をしている様だけど
私は、”あうん”を、ただの始まりと終わり
という意味合いで使うことにしてみました。

人の一生も阿吽