ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

今までの人生を振り返りつつ 私の生き方を綴るブログです。

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★息子は・・・私の事を





blogmuraカテゴリー 60歳代 女性シニア

親の心は子にはわからないし
子の心も親にはわからない

そんなの
当たり前の事
かもと私は思う

親の心子知らず
故事ことわざ辞典
親の心子知らずとは
親の子に対する深い愛情がわからず
子が勝手気ままにふるまうこと。
また、自分が親になってみなければ、
親の気持ちはわからないということ。



親子関係ってのは
なんでも話せる
友人との関係より希薄

親子間ほど
ギクシャクしたものはなく
親子間こそ
理解しきれない物がある

それは
親子間だからこそ
本音部分を語れないからで
そんなのは極普通で当たり前

でも
我が子ってのは
自分が産んで
自分が育てたのだから
子供の事はちゃんと解ってるわ
って言う人が割と多い。

私も似たようなもので
我が息子を
信じる気持ちでいっぱいだけど

時というのは
割りと残酷なもので

心から愛して大事に育て
一緒に暮らしていた時というのは
人生の中では、ほんのいっときで

そんな頃なら、
お互いを思いやる気持ちを
親も子も、それなりに
理解できたとしても

子が育って愛する人と出会い
独立して自分の家庭を作ってしまえば
親との親密な関係は、
やや希薄に成り

理解し合えているはず
解ってるはずと思っていても
離れてしまえば、
何もかもの全てが変わってしまい

そう思いたくは
ないけど


一緒に暮らしてたあの頃のように
親子の愛情を理解できあえるのか

最後につけたく成るのは
疑問符

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過去に何度も
書いて来たことだけど
息子と私は
ず~っと仲良しで
生まれたときから
いつも私の側を離れなかった

幼少~小学生時代は
母親の側にいつも居るのは
極普通に当たり前だろうけど

私の仕事場の事務所には
パソコンがいっぱい有ったから
息子はパソコンをやる事が多かったけど
良くそこらでごろごろ寝てたりもして

中学生に成っても
高校生に成っても
大学生に成っても

私の仕事場の事務所で
殆どの時間を過ごしていたりした。

ただし・・・
彼女が出来るまで は ね
19歳だったかな
あの時息子は大人になって
親離れした

あれからもう12年ほど経つ
息子は
私の事を、今でも大事に
思っていてくれるのかなぁ

どうなかあ とか 思いつつ

明日の木曜日
久々に息子の顔を見てくる


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やっぱそうだった (´゚д゚`)
炭水化物を食べたく成る理由


なんとなく 2-10 めっちゃ急に食べたく成ったので 天丼 2

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ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

あうん 阿吽
阿(あ)は口を開いて最初に出す音
吽(うん)は口を閉じて出す最後の音

そこから、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされたり
対となる物を表す用語としても使用されたり
色々な使われ方をしてそうです。

すべての事柄には始まりが有り
終りが来るという意味合いの様です。

阿吽(あうん)の語源の元はインドのようで、
”宇宙”と壮大な表記をしている様だけど
私は、”あうん”を、ただの始まりと終わり
という意味合いで使うことにしてみました。

人の一生も阿吽