ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

今までの人生を振り返りつつ 私の生き方を綴るブログです。

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★過去をゆっくり思い出す度に





blogmuraカテゴリー 60歳代 女性シニア

昨晩寝る前に1記事書いたけど

ほどほどで
満足する日常が幸せなのよ


本当にそうかもと、
つくづく思えたりする人生だったね

「ほどほどの幸せでいい」では無い
全く意味が違う

今幸せと感じて満足してるのなら
その幸せを守るべき
という話ですね。



仕事に関しては
典型的にそんな感じで
自分の才と技量を知れ って
今の私は過去の若い頃の自分に
そんな風に言いたいぐらいだけど

今、改めて
思い起こしてみると

実はそんな事など
当時の私は十分に解っていたのかもで

私は才能に秀でていたわけでもなく
ただ単に努力家だったと言うだけで
数撃ちゃ当たる方式で
仕事を得ていた部分も有った。

若い頃ってのは、とにかく必死で
絶えず上しか見ていなくて、
それはある意味では悪い事ではないけど
望んでも追いつかないと成ると
心は別の感情を生み出したりして焦る
焦らなくても、
私の仕事での立ち位置は
努力の末に安定していたのに

もっと上にいる
素晴らしい才能に嫉妬して
苛立つのだ。

私はとにかく
仕事に対して必死過ぎた、
必死過ぎた結果
旦那様を疎かにした

以前も書いたことなんだけど
私は毎日、仕事の事ばかりで
食事や身の回りの世話はしても
直ぐに仕事に戻ってしまって
旦那様との、ゆっくりした時間は
なかなか取れずにいた。


旦那様は寂しかったはず。
疲れて帰ってきても
癒やしてくれる家族が居なかったのだ
だから心が壊れたのかもで
それは多分、間違いのない事だと
私は今でも思ってる。

でも
息子は違った
息子は絶えず私の部屋に来て
息子はいつも私の部屋で
私の仕事を見つつ育ったし
いつもいつでも素直に甘えてきた。

でも、旦那様は
男としての大いなるプライドが
有ったのだろうから
私に甘える事などなかった。


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私はその時
知らなかったのだ

男性の心が
実は弱く脆いものだという事を。

それを当時、知っていたのなら
私の対応も
随分変わっていたのかもと思えます。

育ってきた家庭によって
個人差が有るのだろうけど

男性でも女性でも同じような物で
愛情に飢えていて、
色々な物を心の中に抱え
心が満たされない環境下に有ると
心が壊れ始めるのかも知れない。

DVについても読むことも多いけど
------------------------
ドメスティック・バイオレンス
domestic violence
同居関係にある配偶者や
内縁関係の間で起こる
家庭内暴力のこと
------------------------
何かしらの心の闇や寂しさや、
いろいろな要因が沢山ありそうで
これもある意味では心の病で
本人だけが悪いのではなく
周りの人や
環境などがそれを生み出す。


旦那様の心の病のことで
反省する人生って悲しすぎると
コメントでも頂いたことが有るから
考えを改めようと思った事も有るけど、

過去をゆっくり思い出す度に
改めて反省し直してしまう私がいる
これは多分、生涯続く事だと思う。


ありがとうございます

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2017 6-18 ぬくもりを緑から得る 植物に話しかける私 ちょっときもい 4


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ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

あうん 阿吽
阿(あ)は口を開いて最初に出す音
吽(うん)は口を閉じて出す最後の音

そこから、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされたり
対となる物を表す用語としても使用されたり
色々な使われ方をしてそうです。

すべての事柄には始まりが有り
終りが来るという意味合いの様です。

阿吽(あうん)の語源の元はインドのようで、
”宇宙”と壮大な表記をしている様だけど
私は、”あうん”を、ただの始まりと終わり
という意味合いで使うことにしてみました。

人の一生も阿吽