1億の家から1間生活へと - 私の幸せの基準

1億の家から1間生活へと

It is only with the heart that one can see rightly; what is essential is invisible to the eye.


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★見栄を捨てて 離婚に応じることにした

そういえば

私の周りに居る
親戚とか知り合いとか知人で
離婚して
不幸に成った女性は居ない気がする

気がすると書いたのは、
今現在を知らないからで

離婚して数年の幸せな時代しか知らず
私も離婚してしまい
引っ越して 疎遠になって、
今どうしてるのかを知らない人が
半数ぐらい居るからですが、
皆さんきっと今も幸せに暮らしてるはず。

誰でも似たようなものだと思うけど
愛ってドラマや映画のように
永遠に美しい物でもないし
愛し合って一緒になっても
その後いろいろな事情が湧き出してきて
人の気持ちってのは簡単に変わってしまう、

大昔は
離婚は悪とする世論が
多かったと思うけど
昔の私も似たような考えが少しあった。

今の私は
随分考え方が変わったものだから
それを、くだらない話だと思ったりもする


58歳になろうとしてる
今の私は
気持の離れてしまった夫婦が
一緒にいる事自体が、
どうかと思えたりするように成った。


但し
愛し合った時間ってのは
間違いなく有ったはずなのだから

その素敵な時間は
大事にするべきだとは思うかな。


その素敵な時間と
その素晴らしい思い出を大事にした上で

気持ちが通じ合わなく成って
一緒に居ることが苦痛に成ったのなら
冷静に話し合って別れるのは
悪いことでも無い気がする。

気持ちが離れてしまって居るのに
親戚の事とか、職場へのメンツとか
色々なしがらみとか、子供の事とか
我慢しなきゃいけない環境ってのが
人には沢山あるものだから
離婚には揉め事が沢山あって
大変そうだけど。


私の周りに居る
思い切って離婚しちゃった人たちの
笑顔を見ると 

我慢とか無理とかを
しなかった結果が
凄く素敵に思えたりしはじめたりして



ああ・・・ そうか 
私は、旦那様を愛して居たから
何とかしてあげたかったけど
私が足かせに成ってたのかもと
気がついた


私が、しがみついていたら
あの人の病気は治らないのかもと思えて、


両親とか兄弟とか親類とか
知り合いとか、当時の友人達への
全ての見栄を捨てて

私が離婚に応じることにしたのが
今から9年ほど前の話


そうね
当時の私はプライドが高かったから

周りへの見栄だけで、
離婚に応じることを拒んで居たのだった。


今思えば、馬鹿な人だ。



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そう言えば
昔の作品を載せるのにも
飽きてしまったので 
新しい作品を載せたく成ったりしたかな。


趣味の作品ってのも
ここ2年ぐらいは、食器とかぐらいで
家仕事とか内職とかブログに忙しくて
最近はクッション絵ぐらいだから
時間をみつけて楽しんでみたいなと
思ったりし始めましたね。

生きることだけに必死だと
心が何気に寂しさを生んでしまう訳で

夢中になって
何かを作る楽しみってのを
再び、初めてみたいですねええ。


生活苦じゃなかったら
時間の余裕が有ったのなら
私は毎日でも何かを作ってると思う。

ああ、そう考えると
侘びしくは成るものなの

楽しみの時間も作らなきゃだめね


ありがとうございます
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アイキャッチ画像
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前も載せたのだけど、
今日はこれで


人生は、何が起こるか予測できない、
どんな状況に陥っても乗り切る為に必要なのは、
強さじゃなく”知識”なのかも。



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