ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

今までの人生を振り返りつつ 私の生き方を綴るブログです。

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★一番最初に人間不信に陥った出来事





blogmuraカテゴリー 60歳代 女性シニア

帰宅後のブログです。

寒すぎてご飯を食べてもまだ寒くて、
手が冷えすぎて、かじかみます・・・


今夜もマルシンハンバーグ(半額)の予定でしたが、
流石に少し飽きたので、明日の朝ごはんに回しました。

で今日はパリソバと半額海老コロッケ。
1-14パリソバ

ひとり暮らしの料理って、
ほんと・・・手抜きが多くなりますね。
でも、最近の奥様は忙しそうで、
お惣菜屋さんが儲かってると聞きます。
お仕事を持つ奥様が増えたので、
仕方が無さそうです。







今朝新しいカテゴリーを追加したので、
それについて・・・・

「私という人間」


人間不信

過去色々と人間不信に至る事柄は、
山のように有ったように思います。

今の私は人をあまり信用しません。
「信じる者は自分だけ」だとすら思えます。


一番最初に
人間不信に陥った出来事は、
身内の起こした出来事でした。



私は27歳で結婚して、
翌年の28歳で、最初の子供を産みました。
その子が生まれてすぐに、
旦那の父親が、肺がんで入院し、
その後の、
半年と10日後に亡くなりました。

旦那の父親はいくつで亡くなったんだろう、
大手の銀行の上のほうに居た人なので、
定年退職後も、
何らかのつてで職についていたようで、
65歳~67歳ぐらいだったと思います。
今はその銀行事態が合併を行い、

メガバンク
といわれる銀行と成っている
(参照*http://ja.wikipedia.org/wiki)

それゆえに、上下左右の関係が濃厚だったようで、
旦那の父親の葬儀は、かなり多くの人が集まり、
かなりの香典が集まる事になった。

私が人間不信になった最初の出来事、
それは、その葬儀の直後にあった。


旦那には、
すでに嫁いでいた姉が二人
少し歳の離れた姉二人でした。

この姉二人については、
他の件でこちらに記載しています。
鬼畜以下の人間
私は、この姉二人については、
生涯、鬼畜以下の人間扱いです。

その姉二人が
父親の葬儀後に行った行為は、
遺産の話だけではなく、

葬儀後直後に、
香典の半分ほどを持ち帰ったと言う事実。

当時は本家の旧家の方で葬儀が執り行われ、
喪主は旦那の母親が勤めました。
もちろん当時の旦那の母親はそれなりに若く、
多分?60台でしっかりしていたはずにも関わらず、
娘二人が勝手に香典のおよそ半分を、
持ち帰ってしまった事に気がつかなかった。
しかも、それに気がついたのは数日後で、
旦那は、母親からの電話で知りました。

旦那の母親が不振をいだき、
娘に聞いたところ、
「当然の権利なので、もらって帰った」
返答のしようがなかったようです。


その後、
その件については少しもめた程度で、
お金は戻ってくる事も無く、
結局葬儀にお金が、かなりかかり、
葬儀は赤字になった。

そして・・・
その後すぐに、姉二人は、
遺産相続問題を出してきた。


身内ですよ?

血のつながった身内同士の話ですよ?

ありえませんよ?
人間の嫌な部分を垣間見た最初の出来事です。
人間不信への、最初の出来事だった。

あいつらは、
本当に最低の鬼畜以下の人間です。
(日記参照)





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ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

あうん 阿吽
阿(あ)は口を開いて最初に出す音
吽(うん)は口を閉じて出す最後の音

そこから、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされたり
対となる物を表す用語としても使用されたり
色々な使われ方をしてそうです。

すべての事柄には始まりが有り
終りが来るという意味合いの様です。

阿吽(あうん)の語源の元はインドのようで、
”宇宙”と壮大な表記をしている様だけど
私は、”あうん”を、ただの始まりと終わり
という意味合いで使うことにしてみました。

人の一生も阿吽