ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

今までの人生を振り返りつつ 私の生き方を綴るブログです。

1億の家から1間生活へと
私の幸せの基準



★時が過ぎ去ってしまえば 良かった頃の事しか思い出さない





blogmuraカテゴリー 60歳代 女性シニア

今日は
昼から出かけていて
帰宅してから少し休んだ後に
お家仕事を頑張りすぎて
1時頃まで必死にやって
全部やってしまった。

出かけると必ず人間観察をするけど
暑い夏になると特に
モール内の休憩チェアで
居眠りしてるご老人が居たりするね
冬の場合は
あまりお目にかかれない光景です。

夏は暑いと言うだけで寝苦しくて、
ぐっすり眠れないのかもね。

実に微笑ましく見ていたけど
おひとりの様だし
バックも買い物した品も
そのまま放置なので
ちょっと気になったりしてしまった。

でも周りに、
同じようなご老人も多いようだし
その人達もたまに気にかけて
チラチラ気にかけつつ見てたようだし
多分大丈夫かなと思ったりした。

あんな光景を見てると
日本人に生まれて良かったなとか
日本は平和で良いなとか思えたり。


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そう言えば、
送り火のある日の16日の朝
久々に姑の夢を見た

色々と苦労させられた人だったけど
時も過ぎてしまえば良い思い出で
恨みつらみ的な気持ちなど
全く残って居なかったりするから面白い。

そして、
こんな風に、
姑の事を思い出したりする人など
私以外
まず間違いなく居ない。

姑には、娘が二人いて息子が二人いた
長男は19歳の時にすでに事故死していて
娘二人は父親の遺産を手にしたと同時に
実の母親と縁を切ると宣言し
音信不通に成ってすでに22年以上
そしていまだに母親の死を知らないはず。

そして次男が、
私の旦那様と言うことに成る


姑を引き取って家を建てて同居するものの
娘達と同じように息子にも嫌われていたし、
その息子が精神を病んでからは
口すらきいてもらえないほど憎まれていた。

過去にこのブログでも書いた事だけど、
嫁の私には、そんな昔の
親子の確執ってのは全く解らない訳で、

4人も子供を産んでおきながら、
自分の死を悲しんでくれる子が居ないとか、
それが自業自得的な事だとは言え
お気の毒すぎて言葉に詰まる。

私は姑の介護を10年以上しました
10年の介護は長いですよ、
殺意が湧いたことなど数え切れなくても


時が過ぎ去ってしまえば
良かった頃の事しか思い出さない、

その理由は、
今の私という人間が
過去の醜い思いに囚われたくないからで


今の私が 今を素敵に生きるために
素敵な脳内を保って居たいからという

自己防御的な
本能のような気がしています。

嫌なことは出来るだけ早く
どんどん忘れてしまったほうが

身のため 


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アイキャッチ画像を用意できなくて
古いのを引っ張り出してみる

食器もシンプルが好きなので自分で描いて焼いてみた1

写真を探していて思い出したけど
請け負った仕事はこなしてしまったし
久々に 食器の柄でも
描いてみようかなと思ったのに

ペンハ( ;゚д)ザワ(;゚д゚;)ザワ(д゚; )ドコ

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ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

あうん 阿吽
阿(あ)は口を開いて最初に出す音
吽(うん)は口を閉じて出す最後の音

そこから、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされたり
対となる物を表す用語としても使用されたり
色々な使われ方をしてそうです。

すべての事柄には始まりが有り
終りが来るという意味合いの様です。

阿吽(あうん)の語源の元はインドのようで、
”宇宙”と壮大な表記をしている様だけど
私は、”あうん”を、ただの始まりと終わり
という意味合いで使うことにしてみました。

人の一生も阿吽