1億の家から1間生活へと - 私の幸せの基準

1億の家から1間生活へと

It is only with the heart that one can see rightly; what is essential is invisible to the eye.


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★今の私が 人に対して 妬む気持ちが微塵もない 理由

昨晩の深夜は少し積もった雪でしたが、
今日は細か雪がたまにぱらつく物の
すぐにやんで、ただ寒いだけの1日だった。

心のなかで
多少通勤が大変になろうとも、
きれいな雪で街が覆われることを
期待してただけに、少し残念だったりする私。

今日は腹痛に腰痛にといろいろ厳しい状態で
ずっと家に引きこもってましたが、
夜になると痛みが我慢できないレベルに達し、
先程の24時頃にEVEクイックを服薬した。

もう今の時間は、痛みから開放された、
この痛みも、もうすぐ終わるだろうし、
終わるのは悲しいが、しばしの我慢だと思う事で
なんなと適度に対応する私。

何事もそうだろうけど、
苦しいことも 悲しいことも 痛みすらも
永遠に続くことなど無い。
いずれ それらが落ち着く日が誰にでもくる

どっちにしても 
何にしても 

苦しんでる時は、
それを楽しむぐらいの勢いで苦しんで
苦しんだ分 自分が成長出来るのかもとか

発想の転換を適度に行い、
自分の心の安定を図らないと、
精神部分のダメージが怖い

きっと人は誰でも、自己を守る為の
そんな機能が、備わってるはずなんだ、
そう信じて、色々と乗り切るのが得策、

痛みの話じゃないよ・・・
苦労 とか 悲しい出来事とかの話。


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そう言えば
人間というのは、
自分より秀でた事や物がある人に対して
妬む気持ちを持つ生き物だと思うけど、
今の私には、その感情が全く沸かない。

私も・・・若い頃は、
それなりに妬みとかの気持ちは有りました

私は若い頃、デザインとか絵の仕事に必死で
上を歩く人たちに対して、いつも妬んだりしてた。

でもその妬むという気持を力にして、
必死に頑張れたし、努力もできた。
そしていつの日か、
妬まれる立場になりたいと思った。

でも、あれから数年・・・
昨年57歳になった私は、
誰に対しても妬みの気持ちは沸かない。

実は
それは悲しいことなのかもしれない

妬む気持ちが無いという事を
言いかえれば、
向上心の欠如ではないかとも
思える場合が有るからだ。

人は、いつも上を見て生きるべきだ
だから、もしかしたら、
妬みは必要な感情ではないのか?

でも、歪んだ妬みの感情は
何も良いことは生まない。

https://www.google.co.jp
妬み

妬む気持ちを歪ませて、
悪質な行動に出た場合、
人の心は悪い方向へと落ちてゆくのだと思う。

今の私が
人に対して妬む気持ちが微塵もない理由

私は、自分のやりたい事はすべてやった
途中で家庭の事情が有ったとしても、
私は、多分・・・完全燃焼させた。

もう私には
妬む気持ちを持つ相手が居ない

どんなに
優雅な生活を展開している人だろうが、
素晴らしく幸せに生きてる人だろうが・・・

私は、
私に関わりの無い人間に対して
興味が全くない。


人は人で 私は私

私が 今 しあわせなら それだけで良いな・・・



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