ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

今までの人生を振り返りつつ 私の生き方を綴るブログです。

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★最終的な終活とはそういう事なのかもと





blogmuraカテゴリー 60歳代 女性シニア

先日
歳の近い知人がお亡くなりに成った事は
私に沢山の影響を与えてる。

長い間、病を患っての死ではなく、
病は突然やってきて秒速で命を奪った、
周りの誰もが信じられないと、
あまりの速さに驚いた出来事だった。

私はもう随分前から、終活は始めてる、
でも・・・生ぬるい終活だった、
私はまだまだ大丈夫、なんて
裏付けの全くないお馬鹿な自信。

終活 - Wikipedia
終活(しゅうかつ)とは
「人生の終わりのための活動」の略で、
人間が人生の最期を迎えるにあたって執る
様々な準備やそこに向けた
人生の総括を意味する言葉である。


今回の知人の死は、
私に色々と急がせる
生ぬるい終活はやめにした
遺言状もちゃんと書こうと決めた。

随分前、私は息子に口頭で・・・
「私が死んでも通夜も葬式もお墓も要らない」
と・・・伝えたが、
覚えているのかすら解らなくなった。

ちゃんと文面に仕上げ、
部屋の目立つところに置こうと思った。

実家は浄土真宗とか
なんかそんな物とかが有った気がするけど
私は無宗教で有る
宗教性を伴った葬儀など不要、
当然戒名などという意味不明な物も不要、
お墓に入る気もない、お墓など不要、
遺骨の処分に困ったら共同なんちゃらで良い、
家に持ち帰り骨など大事にしてほしくない、
当然、仏壇などとんでもない・・・
弔う気持ちだけで良い。
そして年に一回程度
思い出してくれれば良い・・・


私は現在健康体だけど、
老化というのは絶対に止められない。
私は確実に死へと向かってるんだ、
自分にもしもが有った時、
どうして欲しいかもきっちりする


最終的な終活とは
そういう事なのかもと思えたりした。

そして、今できることしたいことを
やっていこうと思った。
『多分もう、今後行くことは無いだろうな』と


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2016/07/15 ばんごはん
★普通のご飯なんだけど
見た目は普通と違うかも?


よく知り合いに言われること・・・
『普通のご飯だけど普通に見えないね(笑)』

なんとなく7-15 普通のご飯なんだけど 見た目は普通と違うのかな3

2016/07/15 ランチ
★冷蔵庫の材料が乏しすぎ



まあ
必死に生きてるッて感じが
自分でも良く解ることが有るね。

必死で生きる
悪いことじゃないと思う・・・
どうせ生きるのなら、
命尽きるまで必死で居たいかも、


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ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

あうん 阿吽
阿(あ)は口を開いて最初に出す音
吽(うん)は口を閉じて出す最後の音

そこから、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされたり
対となる物を表す用語としても使用されたり
色々な使われ方をしてそうです。

すべての事柄には始まりが有り
終りが来るという意味合いの様です。

阿吽(あうん)の語源の元はインドのようで、
”宇宙”と壮大な表記をしている様だけど
私は、”あうん”を、ただの始まりと終わり
という意味合いで使うことにしてみました。

人の一生も阿吽