ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

今までの人生を振り返りつつ 私の生き方を綴るブログです。

1億の家から1間生活へと
私の幸せの基準



★人に与えられた平等は死のみ





blogmuraカテゴリー 60歳代 女性シニア

何とも複雑な想い
脳裏を走り過ぎる深夜、

同じ世代の知り合いが、
この世を後にした。


脳内ブログでも触れた・・・
人との関わりを希薄にしてきた人生だから

病に犯されているとか、
私はずっと何も知らなかった。
そう言えば前に会ったのは、
私が指を骨折する前だったなと思い出す。

私がダイエットに成功したものだから、
昨年彼女にもお白湯ダイエットを伝授したら、
頑張ってやっていたようで、
痩せた~やせたと喜んでた。
その時彼女は「私・・・痩せ過ぎじゃない?」
「どこか悪かったりしてね」とか 
笑いつつ冗談交じりに話してた。

誰だって人の死に対して
免疫なんかあろうはずがない。

私の脳内はごっちゃになりすぎてる・・・

話を聞いた瞬間は驚き、信じられず、
でも現実だと瞬時に理解し目がうるんだけど、
その後、すぐに冷静になろうとする。
私は非情な人間なのかと
自分を責めるが、
まの当たりにしない人の死を、
脳裏で思い浮かべても実感が伴わず、
楽しい会話しか思い浮かばないのだ
お亡くなりになった実感など
すぐに・・・沸かない。

そして今日から何日もの間・・・
そのセンセーショナルな出来事は
私の脳裏の多くを占めていくだろうが、
慌ただしい日々の中で
いつしかただの思い出に変わっていくのか・・・

身近な人の死に触れたのは、
旦那様の母親、以来かな・・・

あれから何年かな、およその8年ですか。
何年も介護して最後の最後まで付き合った。

過去に数度書いた記憶があるが
実の娘二人は葬儀に参加しておらず、
実の息子の旦那様は精神の病のために
母親に憎悪を抱き、死を悲しまず喜んだ。
私は、数年と永い介護の苦労を振り返りつつ
私だけが心から悲しみ
心から泣いた葬儀だった。


人に与えられた
平等は死のみ

と・・・私は思う。
ならば、誰よりも長く生きて、
この世の楽しみを満喫してやる、
そんな意気込みも素敵じゃない。


死の間際
多少人に迷惑を掛けても良いじゃないか、
自分が最高だと思える生き方で、
誰よりも長生きをして
最高に素敵な人生を送ろう。

死にゆく人は、
ちょっとぐらいの周りへの迷惑ぐらい
許される気がした。



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今日は
心がどうしようもなく落ちつきませぬ、

人はいずれ死んで塵になってしまう、
なら、最高に幸せに誰よりも長く生きよう。 

知人は、、
私の考え方を、
変えてしまう程の影響を与えて逝った。
きっと生涯忘れられない人になるかも知れない。


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ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

あうん 阿吽
阿(あ)は口を開いて最初に出す音
吽(うん)は口を閉じて出す最後の音

そこから、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされたり
対となる物を表す用語としても使用されたり
色々な使われ方をしてそうです。

すべての事柄には始まりが有り
終りが来るという意味合いの様です。

阿吽(あうん)の語源の元はインドのようで、
”宇宙”と壮大な表記をしている様だけど
私は、”あうん”を、ただの始まりと終わり
という意味合いで使うことにしてみました。

人の一生も阿吽