ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

今までの人生を振り返りつつ 私の生き方を綴るブログです。

1億の家から1間生活へと
私の幸せの基準



★ 【人の不幸は蜜の味】 実は、私はテレビを持っていません。理由?





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今日は公休日です。

朝早くから起きだしたので、
やはりお腹がすいて昼ごはんを!

貧乏人のささやかな贅沢

黒毛和牛ばら肉見本(笑
黒毛和牛

黒毛和牛ばら肉の半額品ゲットで、
焼いて皿に乗せて~牛皿丼風味です。
焼きすぎ

少し焼きすぎたのは否めないけど、
焦げては居ないのですよ!!(笑)
めちゃくちゃ美味しかったですよ

良いお肉を半額でゲットするのは、
最高に嬉しいのです。





カテゴリー分類
人 の 不 幸 は 蜜 の 味


現在、私はテレビを見ませんし、
家にはテレビは無いのですが、
もともと余りテレビを見ませんでしたね、
それには理由が有ります。


私がテレビを完全に見なくなったのは、

正確には・・・
「酒鬼薔薇聖斗事件」からです。
この事件には触れたくは無いので、
知りたい人は上の項目で検索してください。

1997年(平成9年)ですね、
その頃私の息子はまだ小学生で、
その事件によって
ショックを受けた私は、

もう絶対に
テレビは見ないと決めました。


それまでもテレビが苦手でした。
私は家で仕事をしていましたので、
たまにテレビをつけたりしても、
事件や不幸話や芸能会の騒ぎなど、
見るに絶えない内容ばかりでしたので、
あまり見なかったのに・・・
たまたま子供をつれて遊びに行った友人宅で、
その事件の報道を全放送局がガンガン流していて、
見てしまうはめに成ります。


友人は食い入るように見ます、
「あ~自分の子供じゃなくて良かった」
そうつぶやきながら・・・

それでも人の不幸は蜜の味だったのでしょう。
必死に画面に食い入るように見てた様子は、
今でも、脳裏から離れません。



人の不幸なさまを見る事によって、
人の不幸なさまを知る事によって、


自分の今の幸せを、
再確認するのが人間だそうです。


(参照*http://www.nirs.go.jp)
人の不幸を喜ぶ感情に関する
脳内のメカニズム


(一部抜粋)
他人の不幸を喜ぶ感情を脳科学的に解明
妬みは現代人の誰もが持つ普遍的な感情と言えます。
また、私達は他人に不幸が起こると通常同情をしますが、
反対に喜ぶ場合もあり、“他人の不幸は蜜の味”
と呼ばれる非道徳な感情を持つことがあります。
これらは私たちがごく普通に持ちうる感情です


そうですね・・・

人の不幸を喜ぶ感情が人間誰にでもあるのなら、
私にもそれは多少はあると思います。
会社で自分は怒られず、嫌いな人が怒られていると、
少しほっとして、心で「ざま~」とつぶやく感じです。


私にもそのような気持が
あるのだということは認めますが、

家も無くし家族も無くし、
一人ぼっちの貧乏生活者に落ちぶれて、


人の不幸は蜜の味のターゲット
になった事も度々ある身としては、

私はもう・・・
そういう感情を人に持ちたくないから、

人に無関心な私
になったのも間違いないかも。



(´・ω・`)
元気が出るので、どうぞよろしく。

 

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” の ほ ほ ん ” 

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ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

あうん 阿吽
阿(あ)は口を開いて最初に出す音
吽(うん)は口を閉じて出す最後の音

そこから、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされたり
対となる物を表す用語としても使用されたり
色々な使われ方をしてそうです。

すべての事柄には始まりが有り
終りが来るという意味合いの様です。

阿吽(あうん)の語源の元はインドのようで、
”宇宙”と壮大な表記をしている様だけど
私は、”あうん”を、ただの始まりと終わり
という意味合いで使うことにしてみました。

人の一生も阿吽