ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

今までの人生を振り返りつつ 私の生き方を綴るブログです。

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★会えないから余計に想いは募る 旦那様のこと





blogmuraカテゴリー 60歳代 女性シニア


★実は先日”勇気を出して
”旦那様の携帯に電話してみた

2014年12月30日 (火)

もう昨年の事だけど、
折り返しの電話は無い。



会えないから余計に想いは募る
この気持ちだけは、
誰にも解らないだろう。


実家の両親など、
今の結果に大喜びしていますからね・・・

本当に、大変な年月でした。
両親は、全てを知っていても
何もできなかった。

精神を病んでから・・・旦那様は、
いつも私の実家に電話をかけて、
意味不明な事を謎に責めたてていた。
実家の両親は、
それに飽き飽きして閉口していた。

精神を病むと、口数が増えるようだ、
出会った頃も、結婚してからも、
普段普通のときは、本当に無口な人だった、
亭主関白を絵に描いたような頼もしい人だった。

そして病は、
あの人の性格を根底から変えた。
人格そのものが
全て、変わってしまったのは間違いない。


本当に素敵な人だったのに・・・
もうあの頃の旦那様はいないのだから、
もうそろそろ諦めなさいと、
周りは何度も言ってくる。

死んだのなら諦めも付くけど、
ちゃんと生きて、存在しているのだ、
どうして諦められようか?

病院にはちゃんと行っているのだろうか、
生活はちゃんと出来ているのだろうか、

生活に関しては問題は無いか・・・

私は・・・
旦那様の生活に関しては、
金銭的にはなんら問題が無いようにした。

別々に暮らす時に、私は全てをちゃんとした、
病気の回復が生涯死ぬまでなされないとしても、
あの人が生活に困る事が無いようにした。

なので、働くことの出来ない状態でも。
死ぬまで、あの人は普通に生活できるのだ。



私はこの先も、
待つ立場しかない。


それに関しては過去にも此処で良く書いているけど、
旦那様の脳裏にはもう、私という存在は・・・

数年に渡る、精神障害の結果、
私の名前と存在だけを理解できるという程度の
まごうことなく、赤の他人なのだ、

あの人の頭の中には・・・
私と、
出会った記憶も無く、結婚した記憶も無い

昨年・・・私は、勇気を出して
旦那様の携帯に電話してみた。
折り返しの電話が鳴るのを期待して待ったが、

全く無い。


そして多分、この先も、
私は待つしかない。

こんな私の気持ちなど、
理解できる人など
世界中誰一人として居ないだろうな・・・

私は諦められないし、
私は今でも、あの人を愛してる。


くぅ・・・なんでこんな事になった。

私が全て悪いのかも知れないと、
自分を責めても尚、
絶対的に、良い方向には進まない出来事。

欝の程度の時に、
私に知識があったのなら、
もっとその時に
優しく接してあげていたのなら、
こんな事には成らなかったかも知れない。

統合失調症に悪化して、
最悪の事態になった時も、
義母の介護など、ほっといて、
あの人とちゃんと向き合えていたのなら、
こんな事には成らなかったかも知れない。

後悔じゃない反省だ。

もしも、これを見てる人の家族に、
欝の人が居るのなら、
親身になって、話しだけは聞いてあげて。
でも、頑張れよ
頑張らないとだめでしょう、
などとは言わないであげて。


頑張りたくても、
がんばれ無い病気なのだから。



でも私は、
そこを間違えた。


知識が無かったから。


(´・ω・`)
励みに成ってそうなのでどうぞよろしく。

 

こっちもよろしく
貯金も頑張る ただの貧乏人のひとり事
たまに家計簿とか預金とか支出とか
金銭面はこちらで書いています。
” の ほ ほ ん ” 




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ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

あうん 阿吽
阿(あ)は口を開いて最初に出す音
吽(うん)は口を閉じて出す最後の音

そこから、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされたり
対となる物を表す用語としても使用されたり
色々な使われ方をしてそうです。

すべての事柄には始まりが有り
終りが来るという意味合いの様です。

阿吽(あうん)の語源の元はインドのようで、
”宇宙”と壮大な表記をしている様だけど
私は、”あうん”を、ただの始まりと終わり
という意味合いで使うことにしてみました。

人の一生も阿吽