ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

今までの人生を振り返りつつ 私の生き方を綴るブログです。

1億の家から1間生活へと
私の幸せの基準



お金や品を受け取る接骨院の医師は許せない





blogmuraカテゴリー 60歳代 女性シニア

今日はお休みです
ゆっくり寝ましてすっきりです。



認知症って
予期せぬことが起るのです

本当に甘いものでは有りません


旦那の母親
多分過去は
かなり酷い人だったのかも知れません。

実の娘(旦那の姉)二人に完全に捨てられ、
同居した実の息子(旦那)にも・・・
同居していて尚、無視され放置されていた


むかし何があったのか知りません


過去の事は聞いていませんし知りません、
別に聞きたくも有りませんでしたので、
あえて聞いた事も有りません。


同居を始めた頃は、
もうすっかりおばあちゃんで、

いかにも世話好きなおばあちゃんと言う風味で、
プライドが凄く高いなと思ったのと、
かなり見栄を張る人間だなと思ったのと、
人にすがって生きる人間だなと思った程度で、

まめに色々動くし、してくれるし
わりと可愛いおばあちゃんでした


一緒に暮らし始めても、
気を良く使ってくれたし、

忙しい私のために
家事を手伝ってもくれてたから、
ま、毎日好きなようにさせてたんですよね、

年金があるし、
お金に困ってる様子も無く、
たまに家計費の足しにと
お金もくれていましたし、

家を建てて色々と入用でしたので、
とても助かってたりしました



昔から
とても友達の少ない人だったみたいで、
引っ越してから、
家に誰かが来る事は一度も無く、
毎日出かけて行っていましたが、
多分殆んどが、
一人きりでショッピングの後に、
接骨院と言う感じだったと思います。

しんどいときとかは
接骨院からの
お迎えも有った時期も有りますね


認知症のの兆しなのか
ショッピング途中で失禁して座り込んで、
恥ずかしさのあまりなのか
救急車を呼んでくれと毎回言うようになって
病院から電話で向かうようになっても、

本人から話を聞くと
「お漏らししただけ」なので、
大した検査も無く
いつも帰宅させられを繰り返し、


救急車騒ぎが頻繁になって、
「家族のほうで管理をちゃんとして欲しい」
って言われ怒られて


そんな事が数回有っても、
いつも一人なんですけど、

ある日は違って、
どうも接骨院で
知り合った人と一緒だったらしく、

その人が
>「絶対どこかが悪いから検査をすべき」だと、
医師に談判して下さったんですよね。

その後、アルツハイマーと
診断されるわけだけど、


その時、
その人に色々お話を聞く事にも成り、
いろいろ知る事に成ったわけです


「お宅のおばあちゃん
絶対おかしいですよ」と
教えてくれたんですよね・


(その人の話)

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接骨院で、毎日会うんですが、
そのたびに接骨院の医師に
手土産を渡しているようだし、
お金も渡しているようだし、
ボケの兆候も出てるようなので、
ちゃんと調べたほうが良いですよ。
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そんなわけで、
旦那の母親を検査入院という名目で、
そのまま病院に入院をお願いして、
自宅に帰って色々調べたわけですが

直ぐにはそれも解らなくてね、
解ったのは、随分経ってからです。

どれぐらい経ってからなのかは
はっきり覚えてないけど
わかった時には、
すでに手遅れです。

本当に、3~4年で
数百万と言うお金が
消えていました。

痴呆症とか
認知症とかアルツハイマーとか
実はそれなりには怖いですね

自分が70歳過ぎのばーさんって事も
分からなくなるらしいから、

脳内の中では、
初々しい年頃の娘だったのかもね。

夢を見てたんだろうなか





なんとも思わずに
お金や品を受け取る
接骨院の医師は許せない。



医師として取るべきは、

家族対しての
報告の義務じゃないのかな。



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ひとり 人生最終期に思ふ ”あうん”

あうん 阿吽
阿(あ)は口を開いて最初に出す音
吽(うん)は口を閉じて出す最後の音

そこから、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされたり
対となる物を表す用語としても使用されたり
色々な使われ方をしてそうです。

すべての事柄には始まりが有り
終りが来るという意味合いの様です。

阿吽(あうん)の語源の元はインドのようで、
”宇宙”と壮大な表記をしている様だけど
私は、”あうん”を、ただの始まりと終わり
という意味合いで使うことにしてみました。

人の一生も阿吽